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劇団チョコレートケーキ 第33回公演『帰還不能点』感想

劇団チョコレートケーキ 第33回公演『帰還不能点』

東京芸術劇場シアターイース

【出演】
浅井伸治
岡本篤
西尾友樹(以上、劇団チョコレートケーキ)

青木柳葉魚(タテヨコ企画)
東谷英人(DULL-COLORED POP)
粟野史浩(文学座
今里真(ファザーズコーポレーション
緒方晋(The Stone Age)
村上誠基

黒沢あすか

【スタッフ】
脚本    古川 健(劇団チョコレートケーキ)
演出    日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
舞台美術  長田佳代子
照明    松本大介(松本デザイン室)
音響    佐藤こうじ(Sugar Sound)
衣装    藤田 友
演出助手  平戸麻衣
舞台監督  本郷剛史
宣伝美術  R-design
写真    池村隆司
撮影    神之門 隆広(tran.cs)
Web     ナガヤマドネルケバブ
制作協力  塩田友克
制作    菅野佐知子(劇団チョコレートケーキ)
企画・製作 一般社団法人 劇団チョコレートケーキ

1950年代、敗戦前の若手エリート官僚が久しぶりに集い久闊を叙す。
やがて酒が進むうちに話は二人の故人に収斂する。

一人は首相近衛文麿
近衛の最大の失策、日中戦争長期化の経緯が語られる。

もう一人は外相松岡洋右
アメリカの警戒レベルを引き上げた三国同盟締結の経緯が語られる。

更に語られる対米戦への「帰還不能点」南部仏印進駐。

大日本帝国を破滅させた文官たちの物語。

 

感想

〇まず

幕が下りて、ああ、本当にこの作品に出会えてよかった…という余韻で頭がボーっとしてしまった。演劇ってすごい。

人物それぞれ演じるだけでなく、劇中劇で再現される日本が帰還不能点に至るまでの経緯。それだけで終わらずに展開していく怒涛の終盤……と、作品の作りがとてもおもしろい。自分にとっては難しい内容ながら、理解するのがおっくうにならないのは脚本の力と、そしてそれを演じる俳優の皆さんがすばらしい。演劇がすきという人に一人残らずみてほしい。

 

〇内容のこと

幕が開いてすぐのシーンを初めて見たとき、当時がそのまま再現され、そのまま物語が進んでいくものかと思ったが、そうではなかった。それがまず一つ目の驚き。

場面が転換し、飲み会の場で繰り広げられる「演劇」によって、日本の対米戦への歩みがわかる流れになっている。

そのままの再現でなく、お酒が入った状態で大げさに当時の人物をマネしたりと笑えるシーンもはさみつつ(これもまた驚き。ずっと緊張したシーンばかりが続くより、とっつきやすい作りに感じた)、日本の「帰還不能点」が再現される。

このやりとりがとても興味深くておもしろい。以下雑感

・近衛と松岡。明らかに間違っているという発言はあれど、明確な間違いを犯した直後だと、明確に正しいと思われるはずのことも信用されなくなってしまう。言葉の中身を、誰が言ったかだけで判断してはいけないなという実感。

・国民は当時のやり取りの中身をみることなく、離れたところで意思決定が行われていると思わざるを得ない。

・対米戦は避けるべきだったという結論に当時の時点で至っていたにもかかわらず、どうして?という疑問は消えない。

・軍部の体質については、今回の話を見てはじめて納得がいったというか、筋が通ったかんじがした。

 ・日本は他国がどう動くかを都合がよい方に予想して、その予想が裏切られていく、という流れが、なんだか今と変わっていないなと思ってしまった。都合の良い解釈で身を亡ぼすというか。

 

〇終盤のシーン

再現のシーンが終わり、かつての仲間たちは今なにをしているかという話題に移る。

そこで美智子の視点で語られる言葉というのがとても胸に刺さることばかりだった。まず、松岡夫人と近衛夫人はどうなったかという問いかけ。これまで東京裁判のことを世界史などで学ぶことはあったが、その点には考えが至らなかった。でも確かにいたはずなのである。裁かれるはずだった当人に残された人の気持ち。人それぞれの戦後。もちろん美智子の戦後についても。

そしてエリートたちにも、職を失った者、そのまま官僚を続ける者、それぞれだった。その中でも責任を負おうとした山崎の存在。責任を自分のものとして負おうとおもった人は希少だろう。自分を罰していたのだろうというのは美智子の言葉。山崎の代わりにと投げかけられた「あなた方にできたことは本当になかったのか」という問いかけ。誰かのせいにせず自分には何ができたか問い続けること。近衛でも松岡でもない私たちの選択。

 言い訳のような言葉を連ねる仲間の言葉の中で、「今は国民全体が共通の認識を持っているから大丈夫」というのが、とてもひっかかった。

つまり、忘れてしまったらそれまでということではないか。

劇の中の時代より進んだ時代にいる自分。そしてそのあとの時代は。引き継いでいくしかない。 私たちが考え続けるしかない。

最後にもう一度模擬演習をやる、その時は幕が開いてすぐの、客席に背を向けた配置から反転して、総理も客席側を向いている。向き合っている。そこではじめのシーンで背中を眺めていた違和感が解ける。

 

〇アフターアクトをみて

アフターアクトをみて、また新しく感じたものがあった。特に岡田役の岡本さんのアフターアクト。

本編ではとても生真面目な印象の岡田だったが、山崎という男を前にした岡田は終始楽しそうで、お酒が入っていることもあってか言動も調子が良くて、本編とは違った印象。

しかしそんな岡田も、この山崎との会話を通して、本編中で当時の仲間たちに問いかけるきっかけが作られたんだと思った。

 山崎から岡田へ、岡田から仲間たちへ、そしてこの作品を観た客席の私たちへ渡っていくものがある。

 

映像配信も買って、ゆっくり見られた。アフタートークもおもしろかった。役を決める過程とかあるのか…とか。役同士の設定・役作りとか。特に外務省の2人の間柄の話とか。同窓会での心境とか。もう一回はじめからみたくなったな。

本当に広く多くの人に観てほしい。きっと再演されると信じています。